歴史
- 1928 創業
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創業者国木 清重
三国酢の創業は昭和3年。今から95年前になります。 当時、九州の洋裁店で修業していた創業者・国木清重は体調を崩し、広島に帰郷することになりました。医師から酢が体に良いと勧められ、自らが製造することを決意。知人の食酢製造会社のもとで学び、国木造酢場を立ち上げました。
- 19XX 寿司酢の発売
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二代目国木 幹生
当時の酢は、酢酸酢と呼ばれる、酢酸を水で薄めるだけの単に酸っぱいものでした。昭和30年代になると、現在の一般的な醸造酢が作られるようになりました。 三国酢はこの頃から、寿司酢の開発を開始しました。家族・従業員を集め、毎日ご飯を炊いては酢飯を作り、半年近く味見を繰り返したと聞きます。当時を振り返って、2代目の国木幹生はこう語ります。 「味見のあと残った酢飯が家族の晩御飯になった。毎日酢飯を食べるのはさすがに辛かった・・・。贅沢を許さない厳格な父だったが、良い物を見極める目や舌を十分に備えた人で、半年近くかけて作り上げた味は、どこにも引けを取らないすばらしい出来映えだった。」 こうして作られた寿司酢は、現在も三国酢の人気商品として多くの人々に親しまれています。
- 1970 株式会社化
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三代目国木 昭宏
昭和45年に国木造酢場から三国酢造株式会社に改名。 平成以降、醸造酢・穀物酢・米酢・らっきょう酢に加え、南蛮酢を発売。 現在、三代目となる国木昭宏と大手酢造所にて10年修業を積んだ弟の国木信孝の、兄弟二人三脚で製造しています。 近年、広島県産レモンと大分県産かぼすを使った贅沢ポン酢「瀬戸のしずく」や、手軽に酢を味わえる「割って飲む酢 35959酢」など、新商品を開発。先代からの味を引き継ぎつつ、時代に合わせて酢の可能性を広げています。
思い
現住所である広島県大竹市は広島県西端にあります。廃藩置県前の安芸の国(広島)、周防の国(山口)、石見の国(島根)の三つの国の境にあたることから、三国一の酢になるようにとの願いで「さんごくす」と社名がつけられました。 また初期のラベルから現在にいたるまで、富士山が印刷されているのは「日本一の酢」になるようにとの願いを込めたものです。
原酢にこだわり、独自の調合で作り続けてきた弊社の米酢は、臭みがなく、まろやか。 基本的に酢には原料となる穀物・米のにおいがありますが、これをできるだけ取り除くことにより、酢が苦手な方からも「おいしい」との声を数多く頂いております。
寿司酢など調味酢の甘み成分は、天然甘味料の上白糖のみを使用。 これにより口あたり、後味の良さが生まれます。上白糖は価格変動が大きく、過去には最大で50%以上の価格変動がありましたが、それでも人工甘味料は一切使用せず、上白糖にこだわってきました。 創業から変わらぬ自然な味わいを、大切に守り続けています。
三代目国木 昭宏
思えば、10数年前は県外からの注文は数えるほどでした。それから、口コミで全国に広がり、現在では多くのお客さまにお届けできるまでになりました。地元を越えて、さまざまな土地で愛される酢を目指しながら、変わらぬ味を継承する大切さも感じております。 大企業のような宣伝力・販売力はありませんが、末長くご愛顧頂ける創業1928年の伝統・食の愉しみを、心を込めて食卓へお届け致します。
工場長国木 信孝
工場長として主に製造に携わり、衛生・品質管理に力を入れています。 創業以来の味を守りつつ、より多くのお客様に「おいしい」と喜ばれる商品を作りたい。その思いで、2010年11月、瀬戸内の素材にこだわった『瀬戸のしずく』を完成致しました。 三国酢の自信作です。ぜひご賞味ください!
会社概要
- 社名
- 三国酢造株式会社
- 事業内容
- 食酢製造
毎日の食卓に笑顔と健康をお届けしていくこと - 設立
- 創業 1928年3月
会社設立 1970年4月 - 資本金
- 1,000万円
- 役員
- 代表取締役 国木 昭宏
- 住所
- 広島県大竹市元町2丁目1-1
- 電話
- 0120-359-471 / 0827-52-2660
- FAX
- 0827-52-2672
- 営業時間
- 8:00〜17:00 (土日・祭日除く)